京都御所 猿が辻

なんとなく京都御所へ
素晴らしくでかい、きちんと整備された緑地公園という感じです。
うだるような暑さで、砂利道を砂漠を歩いているような感覚で歩きました
この感覚は、皇居の時にも感じましたが
整備されているけれど、必要以上に手を加えていないので、自然の森の気配があります
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なんとなく来たので、以前から気になっていた猿が辻へ
京都御所の東北角は鬼門とされ、築地塀の角を欠いて日吉山王社の神のお使いの猿を祀っています。この猿が 夜な夜なぬけだしては通行人にいたずらするため、金網で封じ込めたと伝えられています。
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幕末の「猿が辻の変」は、この尊皇攘夷派の姉小路公知が襲われた事件です。朝議を終えた姉小路の一行が公卿門を出て猿が辻に至ったとき物陰に隠れていた3人の賊に襲われました。
一人は刀を抜いて提灯を切り、二人が姉小路に襲いかかります。姉小路の脇で太刀を持っていた従者の鉄輪勇は、戦わずして刀を持ったまま遁走。吉村右京は、賊に邪魔されて姉小路の下へ行く事ができず、姉小路は持っていた笏で防いで賊の刀を奪い取り、賊は遁走しますが、顔と左肩に深傷を受けていて手当の甲斐もなく亡くなってしまいました。
姉小路が奪った刀を検分したところ薩州鍛冶であり、人斬りと謳われた田中新兵衛のものではないかと疑われました。しかし、京都町奉行所で取り調べを受けた田中は、刀を示されると何も言うことなく、その刀で自刃して果て、結局犯人は不明のまま終わります。
しかし、この事件の嫌疑を受けて薩摩藩が九門の守備からはずされる事になり、朝廷から大きく後退し、朝廷内の勢力は長州藩一辺倒となります。そして、勢力を失った薩摩藩の巻き返しが、後の八・一八の政変へと繋がっていったらしいです。

と、何処かで読んだのを思い出したわけです。
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by hop-snap | 2007-09-20 00:55 | 写真を撮る
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